柳澤紀子さんの「動物のことば セキガハラ」展、せきがはら人間村生活美術館で鑑賞、北川フラムさんの講演も聴講しました
ひときはは 凩(こがらし)ちかき ひぢ枕 (三好 達治)
詩人の三好達治は熱心に俳句も作っていました。これは、『測量船』の詩篇「秋夜弄筆」のなかに出る俳句です。おそらくは旅先の宿の畳にごろんと横になって肘枕で、外に吹く木枯らしの音を聴いているのでしょう。晩秋のひとときの雰囲気がよく出ています。今年もやっと、こういう季節になりました。
このところ、NHKの大河ドラマ『どうする家康』などの影響もあってか、古戦場の関ケ原が注目を浴びていますが、ここ関ケ原にあるとてもユニークな現代アートが専門の美術館「せきがはら人間村生活美術館」では、版画家の柳澤紀子さんの「動物のことば セキガハラ」展を開催しています。11月18日(土)には、ゲストに北川フラムさんを迎えての講演会があり、僕も早起きをして「のぞみ」で名古屋駅まで、在来線に乗り換えてJR関ケ原駅で下車、会場を訪ねました。お天気は変わりやすく、でも午前11時前は陽の光も射して、よい気分で古戦場跡を歩いていきました。講演会場は、美術館を運営する関ケ原製作所の広い敷地内のビルです。
ここは、敷地の入口から石を材料とした現代彫刻作品がいくつも設置されています。ビルは、シャインズ・ビルSHINE’S BUILDINGと呼ばれますが、これは関ケ原製作所を創業した矢橋五郎さんの「会社はみんなのもの」という社員ファースト精神によるのでしょう。このビルには、社員食堂や会議室などが入っていますが、そこここに現代アートの作品が飾られているのですね。素晴らしい。講演会の受付を済ませてから、ここに展示されている柳澤紀子さんの作品を鑑賞しました。
シャインズ・ビルのなかにあるミライギャラリーに展示された柳澤作品を順に見ましょう。フロアには、版画制作の道具や「地の根」の原板も展示されています。
さらには、詩人の吉増剛造さんが、「水邊の庭」に寄せた自筆原稿、2014年の大作「狼・遠吠え」、そして柳澤さん愛用のプレス機もご覧ください。
このシャインズ・ビルのなかの廊下や会議室にも現代アートがかかっています。会議室には、篠田紅桃さんの版画作品もありました。また二階に続くスロープには、清塚紀子さんのオブジェ作品が並んでいますよ。こんな環境で仕事ができる、とは、関ケ原製作所の皆さん、うらやましい限りです。
シャインズ・ビルの隣に、去年の秋に匠道場が建設されていました。戦後の昭和21年に当時の国鉄関連の軌道用機器の生産からスタートした関ケ原製作所を父の矢橋五郎さんから引き継いだ矢橋昭三郎さんが、「会社はみんなのもの」という五郎さんの経営理念を発展させて「人間ひろば」づくりを目指したのですが、生産技術の向上をはかりながら文化的な場としたいというので、この匠道場を作りました。一階の一室には、関ケ原製作所の歴史や経営理念、これまでの歩みなどがまとめて提示されています。そしていまは、柳澤紀子作品の展示スペースでもあります。初期からの版画作品を主に二階のあちこちで鑑賞できますよ。おお、1964年に日本版画協会賞を受賞した「聖」もありました。1940年生れの柳澤さん24歳でのエッチング・ドライポイントの名作です。中学の美術の教科書にも掲載されたことがあるとか。次に紹介する画像の最後の作です。
またここには、僕が好きなので、この連作の一点を頂戴してリビングに飾っています「少年シジフォス」が三作ありました。我が家にやってくる親戚の遼クンが小学生のころ、これを見て、「ああ、ドロボウの絵だ!」と感動してくれましたが、「これは絵じゃなくて版画というんだ」とじいじは解説しました(笑)。そして奥まったところにある貴賓室には、大作の「TEST ZONEⅢ」がかかっています。これも、版画に加えて、墨や鉛筆の素描も交えたミクストメディア作品、見事です。
シャインズ・ビルと匠道場の裏手は丘状の庭地ですが、ここにも現代彫刻の作品が何点も並んでいます。創業者である矢橋家は、もともと大理石を扱う商家だったとか、その縁で石の彫刻が多いようです。「働くこと、美しいものとの一致すべきユートピア空間の実現」という「人間ひろば」づくりの理想を持たれた矢橋昭三郎さんがまず出会ったアーティストが、フランス人の彫刻家のピエール・セーカリー(1923~2002)でした。矢橋さんの理念に共感したセーカリーが関ケ原に滞在して作った作品が「人間ひろば」のシンボルのようですね。
「生活空間のなかの美術を体感する美術館」である、この「せきがはら人間村」、なんといっても広大な敷地を緑地にして、現代美術の作品をたくさん野外展示しているところがすばらしい。生活美術館本館と蔵ミュージアムでの柳澤作品を鑑賞にゆく道すがら、それらの野外展示作品を見てゆきましょう。
杉本準一郎さん(1948~)や近持イオリさん(1959~)の作品が設置されています。関根伸夫さん(1942~2019)のアーチ型作品「虹の門」
では、鏡面に映る自像を撮ってみました。ここは楽しいです。そしてカフェレストランである「未来食堂」のところに行きましょう。この後ろに、今年になって設置された大作があります。
李禹煥(イ・ウーハン)さん(1936~)の「関係項ーアーチ・関ケ原」です。李さんも、「作品がいい場所にきた。ここは、自然と人間がうまく合致されているような場所」と喜ばれたそうです。伊吹山から吹き降ろす風が、アーチを吹き抜けていきます。この地にお住まいの矢橋昭三郎さんは、毎日ここに足を運ばれるそうです。すると一日一日、見える風景が違うのです、と李さんとの対話で語っておられますが、なるほど、そうなのでしょう。
さらに進むと、人間塾の脇に、石彫家の新妻実さん(1930~1998)の大きな石を四つ積み重ねた「眼の城’96」が建っています。新妻さんは「人間ひろば」の初期のころから、昭三郎さんに協力してこられたそうです。おや、ちょうど、季節はずれの、珍しい種類の桜の花が開いていましたね。
匠道場と一緒に、去年の秋に完成した蔵ミュージアムにやってきました。外装を木材で仕上げたこの小さなミュージアム、簡素ですが、どこか風格があって、なにやら礼拝堂を思わせます。さあなかに入ってみましょう。
ここには、若林奮さん(1936~2003)や、関根伸夫さん、古郡弘さん(1947~2021)らの作品に加えて、鷹が主人公の「動物のことば セキガハラⅡ」など、柳澤紀子さんの版画作品も二点、展示されています。中二階にも展示スペースがあって、内部空間がおもしろいです。しかし、最後に入って圧倒された感じがあったのは、一階フロアの右側のスペース、ここは若林奮ルームですね。
ここにある作品は、若林さんの「胡桃の葉Ⅱ」と壁面に飾られたドライポイント作品「前面」のふたつだけですが、鉄材に木を素材にして、胡桃の葉と鉄板の葉が組み入れられた前者は、圧倒的な存在感です。壁面に刳られた窓から入る柔らかな光も、静謐さをもたらすという表現効果を演出しているでしょう。
若林奮さん、といえば、美術館本館の前に出来ている地蔵堂、ここの守り本尊?こそが、若林さんです。「近い緑Ⅰ」という作品が展示されています。この美術館では若林奮さんも大切にされていますね。さていよいよ本館でのメインの展示へ、です。柳澤紀子さんの「動物のことば セキガハラ」展の扉を開けましょう。
柳澤紀子さんの版画作品、雁皮に刷られるところもひとつの特徴でしょう。表面の質感に独特の魅力を出しているのではないでしょうか。順に、「狼男」、鷹がモチーフの「動物のことば・セキガハラ1」、「動物のことば・Miasma」、「動物のことば・ニガヨモギ」のシリーズが続きます。紀子さんは、2006年と2015年と二回のウクライナ旅行を経験しましたが、2015年には、あの大事故以来29年が経ったチェルノブイリを訪ねられたよし、そこで目撃した繁茂するニガヨモギなどの植物とか、自然を謳歌するかのような家畜動物とかを観察したことが、作品の大きなモチーフになっているでしょう。
さらに、「Sign・予兆」シリーズの4作と、「動物のことば・フクシマ」シリーズの2作が続きます。「予兆」は、、まさに現代文明の崩壊の予兆を、「フクシマ」は、汚染された草を食べさせられる動物の運命を表現していると読みました。どれも力作ですよ。
さて最後の展示スペースに移りましょう。ここに足を踏み入れた途端に、背筋がゾクゾクッとしました。バングラデシュを訪ねたときの或る印象をモチーフにされたという大作「狼男・白日夢」、片腕のオオカミ男の存在感は強烈です。そしてこれはもう掛け値なしの傑作です、「静かに草を食む」、こちらはミクストメディア作品ですが、羊皮紙に描かれたのですね、このふたつを中心にして、左の脇には、「動物のことば・せきがはら」連作の3点が展示されています。
最後の連作に登場するオオカミ、他の作の凶暴そうなオオカミに比べて、ずいぶんと優しそうな感じですが、紀子さんのなかには、どうやら矢橋昭三郎さんのイメージがこの動物にかぶってあるそうです。なるほど、そう言われてみると、どこか通じ合うところがあるのかも。これは作家からこの人間村生活美術館のファウンダーへのオマージュ作品ですね。
さて、じっくりと作品鑑賞を終えたところで、関ケ原のお天気は急変しやすいそうですが、ざあっと時雨となって、さらには怪しい風が吹き抜けて、ひょうが降り出しました。本館の前の庭に白いものがたまります。
しかし、13時からは、北川フラムさんの講演が始まります。シャインズ・ビルに戻りましょう。聴衆、大勢が集まりましたよ、百人ほどだとか。柳澤紀子さんファンに加えて、フラムさん、アートディレクターとして、越後妻有アートトリエンナーレや瀬戸内国際芸術祭をプロデュースされてきたかたですので、講演を聴きたいひとも多いのでしょう。このせきがはら人間村を初めて訪ねられたのが、今年の一月だったよし、ただフラムさんは強い感銘を受けられ、この講演も進んで引き受けられたのだそうです。
北川フラムさんの「せきがはら人間村生活美術館を語る」、実に感動的な講演でした。パワーポイントを使って、画像をスクリーンに投射されながら、世界史においてのユートピアへの夢の歩みについて語られます。トマス・モアの『ユートピア』に始まり、イギリスのロバート・オウエンやフランスの空想社会主義者だったシャルル・フーリエやサン・シモンの名前まで登場したので、驚きましたが、生活空間のなかで芸術を生きたものとして享受する、その思想への強い共感が、矢橋昭三郎さんへのシンパシーとなるのでしょう。あのガウディを助けてバルセロナに理想的な町を作ろうとした織物業者のグエルの名前も出ましたね。このお話しは、アートディレクターとしてのフラムさんのこれまでの活動のバックボーンを語ったことでもあるでしょう。
そしてその後には柳澤紀子さんご自身の講演がありました。作家としてこれまでの活動史をふり返られますが、1971年から75年まで滞在されたニューヨークでの時間がアーティストとして社会というものに目を向けるきっかけだったよし、確かに70年代初頭のNYは沸騰していたでしょう。特にジャズの生演奏の場にしばしば足を運ばれた、とか、黒人の身体性というものに注目された、とかいう話には興味を惹かれました。これまでもNY時代の思い出として、美術家の大先輩の猪熊弦一郎さんとの付き合いがあったことはうかがっていましたが、そうでしたか。
そして講演会の最後には、矢橋昭三郎さんが登壇されて、講演のおふたり、そして来場者にお礼を述べられましたが、こうした機会は、さぞや感慨深いことだったでしょう。関ケ原製作所のモットーの「会社はみんなのもの」、その精神を展開すれば、まさに「アートはみんなのもの」ですから、この「せきがはら人間村」、まさにその実践に成功しているのではないでしょうか。現代美術は難解だ、とはよく言われますが、いえいえ、ここで現代美術の作品に触れてください。まったくそんなことはないでしょう。矢橋昭三郎さんは、まさにそういうユートピアを関ケ原の地に育て上げられたのだと思います。北川フラムさんも仰っていました。この美術館の周囲には収穫後の畑があり、農機具がそこに転がっていたり。残雪にキジの三本の爪痕が残っている。そこに置かれた彫刻は環境にすんなり収まっている。生活のなかに芸術があるのですよ、と。これはもう、早起きして新幹線に乗ってでも、時々は「せきがはら人間村」を訪ねたくなりますね。
講演の終了後は、シャインズ・ビルの展示作品の前で、紀子さんのアーティストトークがあり、丁寧に質問に答えたり、記念撮影に収まったりされていました。僕も、「記念に」とスナップをお願いしました(笑)。そして町のお寿司屋さんに皆さんとご一緒して、差し入れがあったというボジョレーヌーヴォのワインで乾杯!でした。「動物のことば セキガハラ」展、12月16日まで開催しています。木・金・土が開催日です。みなさん、ぜひどうぞ。
お別れの引用句、ユートピア哲学者だったシャルル・フーリエを論じた一節を引きましょう。ロラン・バルトの『サド、フーリエ、ロヨラ』からです。
「フーリエは〈政治的なもの〉に対して〈家庭的なもの〉を選び、家庭的ユートピアを打ち建てた。しかし、ユートピアとはこれ以外のものでありうるだろうか。ユートピアがかつて政治的なものでありえたろうか。」
(ロラン・バルト 『サド、フーリエ、ロヨラ』より)
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